
前回の「暗号解読」に引き続きサイモン・シンを読んだ。上下巻でボリュームたっぷり、内容もこってり。もちろん面白かったからこうして記事にするのだけど、面白さをうまく伝える自信がない。
この世界がビッグバンから始まったことはいまや常識だろう、けど
150億年も昔のことをどうやって知りようがあるのか?要するにこの本では物理天文学を知らない一般人にもわかるように噛み砕いて「このようなことからビッグバンが証明されたのでした」という初歩天文学書というジャンルかな。
しかしどんなに噛み砕こうと相対性理論や量子物理の生み出したビッグバンを簡単に理解できるはずもない、そこで古代ギリシャから一歩ずつ近づいていく。そんでもっていきなり「すっげー!」と思ったのは紀元前の学者さんがもう
地球から月までの距離とか太陽までの距離とかわかってたこと。ピタゴラスの定理(三角関数)を応用すれば簡単なのだけれど、もしぼくがタイムスリップして紀元前のギリシャに行ってもこの学者さんたちにまったく及ばないだろうな。知識じゃなくて知恵でかなわない。
やがて中世になってコペルニクスが地動説を唱える。ケプラーやガリレオの研究そして望遠鏡の発明などがこれを後押しするのだけど、簡単に天動説はひっくり返らなかった。今ならば地球が宇宙の真ん中にはないって何の留保なく受け入れられるけど、当時の人の心情としては無理からぬことかなと思った。
今だって最新物理法則(量子力学とか)はまるでSFにしか思えないし。けど、だからといって地動説を信じる学者を処刑することもなかろうに。まあ、命の軽い時代だったから現代の道徳観で計っても意味ないか。
そして金星の満ち欠けなどから地動説が証明され(詳細は面倒なので書かないけど)、やがて太陽系そして銀河系と研究範囲が広がっていく。
アインシュタインの相対性理論によってそれまでのニュートン力学世界から脱却し、馬鹿でかい天文台による観測などによって冥王星が発見される。また、ぼくたちのいる天の川銀河を確認、さらにアンドロメダ星雲、しし座ナントカ、新星爆発などどんどん遠くまで判明、アンドロメダが200万光年先にあるというのはいわゆる「ドップラー効果」を応用して計算できたこと。
とまあ、こんな具合でなかなかビッグバンにはたどりつかない、正直途中でめげそうになった。なにしろ化学の分野が出てきて水素とヘリウムがどうとか始まっちゃって、ページが化学記号だらけになるに至っては苦痛以外の何者でもなかった。原子や陽子や中性子、ミクロの世界じゃ宇宙の逆みたいだけど宇宙論の発展にとってとても重要な要素となった。
ようやく20世紀に入り宇宙の仕組みがかなり明らかになると「そもそもこの宇宙はどんだけでかいのか?」見たいなことに主眼が写り相対性理論や観測によって
150億年前に「原初の原子」が爆発してすべてが生まれた、そうでないと天文学物理学的にいろいろ不都合が多い、っていう「ビッグバン宇宙論」が生まれたわけだ。当初はアインシュタインもこれに反対だったという。これと真逆な仮説に「定常宇宙論」というのも唱えられ学会を二分する論争に発展した。
今読んでも確かに普通の感覚で「定常宇宙論」のほうが受け入れやすい。なにせビッグバン宇宙論によると空間のみならず時間もビッグバンによって誕生したという。
そんじゃビッグバン以前はなんだったのか?ってなるでしょ。そして始まりがあるということは終わりもあることになるからいつか世界はなくなるのだと、そういうことにたどり着く。
理屈じゃなく感覚的に受け入れがたいと思うほうが人間として健全じゃないかと思ってしまう。けれど21世紀に入りほとんどの宇宙物理学者の支持を得るビッグバン宇宙論だからね。
とはいってももちろんすべて解明したわけもない、未だに矛盾点は多いのだ。いずれまるっきり想像を絶する宇宙論が表れるかもしれない、ぼくらが生きてるうちかどうかわからないけど。
いやあ、科学文明ってすごい!と素直に賛辞を送りたくなる内容だった。この1週間はこの本にかかりっきりだった、壮大すぎて頭が変になりかけた。その甲斐もなくもうすでに内容を忘れかけてるのが悲しい。
まあ、色んなこのテの本を読むと、その都度考え方が変るんですけどね。いえいえビックバン否定派というより反主流派ってことかな。偏屈ですから。
大げさなようですが実生活でも同じですね、ちょっとした気遣いがビッグバン級の効果を生み出すこともあるんですよね。
今後ともご指導ください。
なかなか知的好奇心を満たされて面白かったです。
ビックバン・宇宙論も読んでみたいと思っていました。
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