石匠風間ブログ

深谷から箴言

 
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定演2017

そういえば今度の日曜は深谷シティフィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会です。第11回です。
まさか衆院選挙投票日にぶつかってしまうとは。まあなんら関係ないのですけどw

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内容をさらっと説明します。

1.軽騎兵序曲 スッペ

小学校の音楽の時間聞かされたと思います、またCMなどBGMに散々使われてるので大抵ご存知かと。
馬が走るような軽快なリズムで構成されてますからクラシックファンならずともとても聴きやすいと思います。イージーリスニングという趣でしょうか。

2.ピーターと狼 プロコフィエフ

童話を音楽で表現した愉快な物語です。様々な楽器が動物たちの生き生きとした姿を思い起こさせる秀作、これも肩の力を抜いて気楽に楽しめる作品でしょう。ストーリーは童話なのでさほどのものじゃないですが、クラリネットのネコとかオーボエのアヒルとか雰囲気がピタリと合ってて、なかなか軽妙ですよ。

3.交響曲第8番 ドボルザーク

今年のメインはドボルザークです。有名な「新世界」は9番なのでその直前のシンフォニーです、派手さはないもののよく聴くと名曲であることがわかってきます。
去年のブラ1同様この曲でもチェロの活躍の場が多く用意されてまして、そりゃもう張り切って挑ませてもらいます。

今年は曲の長さが短めで例年より早めに終わりそうです。
駐車場は文化会館に加え、隣の産業会館が取り壊され広大な場所がありますのでだいぶ余裕を持って止められるかと思います。

深谷ではまだまだクラシックの浸透は浅いものがあり、それほど話題も集めないのが実情です。
なぜ何百年も前の音楽を未だに演奏するのかそしてそれを聴くのか?生演奏を聴いてそこら辺を感じ取ってもらえれば幸いです。

枯れる感性

以前から図書館によく行きます。
古い作家などは本屋より充実してるしね。話題作だと予約100人とか待たなきゃいけないのが難点だけど、いまはメールで用意出来ましたと知らせてくれるしね。

そして読書好きだと認知されてから複数友人がちょくちょく貸してくれる!ありがたいことです。
今月はすでに何人かの知人から借りてます。積ん読状態です。
「これ読む?」と聞かれるとどんな本でも断らない方針なので当然の帰結でしょう。

問題は借りて読んだ結果いたく感動してしまった場合。
これはいずれ何度も再読したいと思わせるような本も時たま在り、かといってその都度借りるのも煩わしいし、結局買ってしまったり。
すでに読んだ本を買うというのも若干引っかかるのですが、仕方ないか。

というジレンマを抱えていたのですが、最近になって以前読んだ本を読みなおすことが頻繁になってきまして、こうなると成功戦略であったなと益々はばかりなく借りるようになるわけです。

ところが、です。
50歳を過ぎて感受性が変わってきたかなと思わずにいられないくらい、これは鉄板!と感動に対して強い信頼を持っていた過去作品があれ?ってくらいつまらなく感じちゃう事例が増えてきまして。

なんなんだろう?
小説にかぎらずマンガでも映画でも、何だこりゃ的な読後感が頻繁。

つまらない、まではいかないものの強く惹かれるようなことが減ってます、如実に。
これもまた枯れるということなのかな。ちょっとずつ体力も心も衰えて感受性もまた損なわれていくのかも。

まあいいんでしょう。仏様に近づいていくのだから、世相に振り回されず達観を得るその段階とでも理解しましょう。

馬脚をあらわす

もう政治については書かないようにしようと思ってたのに、うずうずしてしまうのでした。
大して鋭い意見もないのにw

馬脚とは言わずもがな、小池都知事です。
国会議員時代からこいつだけは信頼できんぞとうすうす思ってましたが、今回の総選挙からみの騒動で火を見るより明らかになりましたね。だめでしょ、あんなの。

ただ違う観点では、世の中に話題を振りまき多少なりとも楽しくしてくれている、とは思います。
選挙とは結局お祭りだとすればにぎやかす輩というのも必要で、より盛り上がるのも事実。

まだまだ人気は高く初の女性総理とか絶大な統率力を期待されているわけですが、個人的見解としてあえて言わせてもらいます。
小池氏には大局観がない!

どういう国家にしたいかどういう東京にしたいか、という長期的視野でのビジョンがないと思います。
大衆に受けの良い言葉を並べるだけ。大衆迎合主義とはまさにこれ。

こんな人に国家元首を任せたくない、せめて東京都の行政に専念し国家に損失をもたらさないよう精進して欲しいです。

希望の党に合流した議員たちはやがて大きなしっぺ返しと取り返せない失望を味わうと思うのです。
よしんば選挙の結果がよく政治の中心になったとしてもそれは瞬間的なこと、やがて国賊と罵られる可能性もあると。

エンターテイメントとして大いに盛り上げたことの功績は否めないものの、国家の運営はエンタメじゃない地味な作業であるべきです。

異論反論あることでしょう。災い転じて福となることもありえなくはないし、ダメなトップがかえって成功をもたらすことだって無くはないでしょう。何が正解かわからない中で、冷静に事の次第を見続けたいと思います。

上高地へ行った

今月22日から24日まで、JC事務局旅行として上高地方面へ行ってきました。
もちろん登山です。

ぼくにとっては数年来の望みが叶いました!行きたかったんです。
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日頃の行いが良いためかお天気にも恵まれ、上のようにくっきりはっきりド迫力の景色です。
1日目はかっぱ橋から横尾山荘まで歩きました。これはまあ平らなのでそれでも重いリュックを担いで2時間以上歩くとキツイです。
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ぐったり疲れて山荘で就寝。

翌日は4時起きして出発。涸沢ヒュッテまでのコースは、これこそが登山だなという瓦礫だらけの道で、尋常じゃなく疲れました。
疲れがピークに達すると何やってんだオレ?みたいな無意味な自問自答が始まったっりw

涸沢ヒュッテで昼食をとり引き返すわけですが、行きと同じ道じゃつまらない、別のコースを行こうということになりました。
これが鬼のように辛かった。。。降りるだけだからと軽く見てたら、とんでもない。登って降りてをくどいほど繰り返すし。
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いつまで続くのか、もういい加減にしてくれとボヤいたってどうにもならない、もうこのまま山から降りられないんじゃないか?とか弱気になりながらそれでも無事怪我もなく徳沢園に到着。ぐったり。

徳沢園に宿泊、3日目はなだらかなトレッキングコースを、のんびりとサルを見ながら歩きました。
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いや~、良い体験でした。
これをもって登山を趣味にするまでには至らないけれど、かなり気に入ったのは確かです。もう今年はいいけどw
来年もこの時期あたりにどこか行きたい気持ちです。
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テニスやってみて

最近夫婦でテニスやってるのです。

まず、末っ子が大学のテニスサークルに入り相手する事態になりました。
ぼくもテニスサークル入ってたのですが、長いブランクを経た今まともにプレイできるとは到底思えず、それどころか間違いなく怪我するんじゃないかと心配でした。

ダッシュしたりせず足腰に優しくやれば大丈夫かなとコートに立ったわけです。
アキレス腱切ったりしたらバカバカしいし。

しかし、玉が飛んでくると条件反射的に飛びついちゃいますね、パブロフの犬状態です。
で、1時間だけやってみたら、あれ?思ったよりできるなと。
もちろんポワ~ンと山なりに返すのがやっとなのだけど、それなりにラリーも続くし、そうなると俄然面白くなるってもんです。

そんなわけで夫婦テニス週一でやってます、ウォーキングより面白いのは確か。寒くなったらやめそうだけどw

とりあえずサーブもできないしボレーもおぼつかないので他所様とやろうとは思えません、もうちょっとまともにならないと。
って、なにせ若者と違って上達意欲に欠けてるのですよね、走り回って汗かいてそれで満足しちゃうので、これはおそらく下手のままかもしれません。それでもいいじゃん!と思う自分を感じるのできっとこのままでしょう。

先日も隣のコートではうまい小学生が「ビシッビシ」鋭い球筋を魅せつけてくれましたが、我々は「ポワ~ン」です。
それを恥ずかしいとも悔しいとも思わないところが初老ですね。
いや逆にね、そんな達観した心持ちなら悪くないんじゃないかと、年取るのも。

LINEグループ

最近、といっても春頃からかな、LINEグループがとても活況です。
昔で言うチャットのようなシステムですが、より使いやすくその上センスよく作られてて。

数年前からいくつかあったのだけど、何かのイベントに際して一瞬盛り上がってその後は閑古鳥というのがパターンだったのがイベントに関係なく続くのは、しかもいくつか複数でトークが盛んで。

ぼくの場合、四月の同窓会のインパクトは相当デカくて、その後クラスのグループトークが続いてます。
あとはPTAの各種も無くなりそうでなくならないw

この手のネット上のコミュニケーションがこれだけ活況ということは若い世代ではもっと盛り上がってるのかも。
つまり今まさに人との関わり方がドラスティックに変化している最中なのかもしれません。

そのことを良いとか悪いとか論じてもあまり意味が無いのかもしれません、現在のインターネットを否定したって無くなるものじゃないし車やエアコンがある社会ってのと同じ話ですね。文化は良いことも悪いことも内包しながら我々の生活を変えていき、抗っても無意味になるのでしょう。

やがて人と対話をすることはネットを通じることが当たり前になり、面と向かうということが特殊になっていったりして。
もうそうなってくと我々昭和世代は文明の利器に置いてかれる運命にあるのだから社会のなかで脇役になっていったり。

時代とともに世の中は変わるわけで、それはこれまでも同様であったのでしょうが、しかしそのスピードは今までにない苛烈なもののように感じてしまいます。

そう感じてる時点で古い人間なのでしょうか。
10年後、20年後、いったいどんな社会が現れているのでしょう?

『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー

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内容(「BOOK」データベースより)
西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め…驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版!



ディストピア小説の名著だというので書店で衝動買い。
のっけから理屈っぽい科学の説明が続き、それが逆に心地良いのはSFマニアに染まってきてるのかな。

驚いたのは本作1932年の発表!おいおいアポロも月に行ってない時代のSFかい。それでこの水準、恐るべき想像力。

生きていく上で起こりうる諸々の問題を元からシャットアウト、あるいは不安要素を根こそぎ無くしてしまうとしたらこういう社会になるのでしょう。それを素晴らしい世界と思うのも面白みのない世界と嫌うのもどちらも自然な反応な気がします。

未開人のジョンは不自然な間違った世の中であると抵抗するのですが、考えてみると現時点の現実社会でも未開人が高度文明化された都会に住まわされたら同様な反応を示すのかも。つまりこれはすでに現実に起こりうること。

人類は文明を進化させることで、より便利により生きやすい社会を目指しており、それ自体自然な流れ、殆どの人は抗わないしそういう意味ではこの本の内容は半ば実現しているという見方もできそうです。

それを「不幸なこと」と言ってもナンセンスなのだろうし、科学を発展させ便利を追求するってのは人類の存在意義となっている以上止め用がないし。

もうすでに自動運転車は普及を目前にしている、家事など手作業は様々大きく自動化されこのまま突き進むと人間の存在ってどんどん重みをなくしていくような気がします。

そんなこんなをつらつらと考えるそのきっかけになったとしたら有意義な読書でした。

また同窓会

四月にやったばかりなのに、また高校の同窓会!
もちろん訳があります。

四月に開催された時は学年同窓会で10クラス全体が集まり、当然3ン年生のクラスが単位となってました。そのとき顔を合わせた1年生クラスが十分な接触を持てなかったためか徐々に集合欲に駆り立てられたのでしょう。

当然横浜での開催ってことで本来躊躇するところですが、タイミングよくその日はポケモンGOのイベントがみなとみらいで開催中!
一挙両得を狙って参加してきました。

正直1年のクラスなんて顔を合わせても誰だかわかんないようなレベルなのですが、10人ちょっとという少人数が幸いしたか、むちゃくちゃ面白かった。前回同様話しているうちに掘り起こされる記憶も多く、また少し脳細胞が活性化したようです。

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今回はお盆中、昼間開催、みなとみらいのワールドポーターズ屋上にてバーベキュー、食材を持ち込んで大空の下で心地よく安上がりに行えました。

前から思ってたことだけど、最近特に強く思うのです、人間は結局誰かと関わること=コミュニケーションこそが生きる目的なのかもな、と。こういった機会にきっちり前向きにコミットしていくことはまさしく人生を豊かにするのではないかと考えます。

会話の中心はどうしても女子で、話題も化粧品やら料理やらぼくの苦手な分野です。若い頃だったらそっぽ向いてたかも。ここが歳を重ねたことのメリットでしょうか、大抵のことには耐え忍ぶ姿勢を保てるように。むしろ話題に自ら入って楽しめるようになったように思えます。おっさんライフ、悪くないですよ。

ちなみにポケモンも最後の1匹「アンノーン」ゲットして国内ポケモンすべて確保完了です。
震えるほどの充実感をみなとみらいで味わったのでした。
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『君の膵臓を食べたい』住野よる

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内容紹介
偶然、僕が病院で拾った1冊の文庫本。タイトルは「共病文庫」。それはクラスメイトである山内桜良が綴っていた秘密の日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。

病を患う彼女にさえ平等につきつけられる残酷な現実。【名前のない僕】と【日常のない彼女】が紡ぐ、終わりから始まる物語。
全ての予想を裏切る結末まで、一気読み必至!


これが存外に面白かった。
映画化もされよく売れてるみたいで、買わずとも貸してくれた。でなきゃ恋愛小説を手に取ることはないのだけど。

不治の病と高校生活ってのは、ありがちな設定だなあと少し斜に構えて読んでたのだけど、文章がなかなか巧みで楽しませてくれるし、一気読みはしなかったがしたくなる気持ちもわかるというもの。

「こんなませた高校生いねーよ」とか毒づきながら、それでもキャラの魅力に抗えず読み進んでクライマックス泣かせどころ、泣かせようと企んで書いてるよなと思いながらもわかっていてもきっちり泣かされますw

この物語は文章の力を存分に発揮した小説だと思います、映画化しても面白くなるか疑問。
やはり文章の秘めた力って想定外の影響力を持っているのではないか、と素直に感じた一冊です。

また久々にA.I.

先日BSで映画『マトリックス』を久しぶりに見ました。
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20年前の映画、さすがにそろそろ古さが臭ってきましたが、あの映画はアメリカンコミックのような「かっこよさ」を楽しむものであって、こんがらがって複雑なストーリーは結構どうでもいいのです。
いや、どうでもいいというより「機械対人間」設定自体が古さを感じるのかな。

以前にも書いたけど、もしA.I.が世界を支配するならあんな下手なしつらえにはしないってことです。
人類が何を求め何を嫌い、どういう状況で反旗を翻すか、なんてことはA.I.には自明の理でしょう。だったら人類のプライドを傷つけず心理的に満足させながら上手に管理するなんてことは朝飯前では。

というかそもそも支配なんてするのか?
支配欲とか出世欲、いわゆる欲望って人間独自のものであってそれまで機械に当てはめるのは擬人化しすぎじゃないか。

ぼくは人間とA.I.の融合が進んでいくのみと思ってます。
科学の進歩、文明の発展は人間のピュアな欲望が原点となっているわけで、機械たちはたとえ意識を持ったとしてもそこは冷静に、無の境地で与えられたあるいは生み出されたコマンドを淡々とこなしていく、ってな感じ。

実際現代人のスマホ依存の姿って融合の始まりじゃないかな。
知識・記憶をスマホなど外部に任せることで確実に我々自身の知見・記憶力は衰えていってるし、今後もっと進むでしょう。やがてスマホのような形ある媒体じゃなくナノボットのような目に見えないA.Iに取って代わられ、指一本動かさずにコミュニケーションも検索も学習もできるようになるのでは。

高度に政治的な判断だってすでにA.I.のほうが優れてるのでは無いかと思います、というかもう任せてるかもしれないしね。

いま、世界中の科学者・権威者などがA.Iの脅威を訴えています。人類の宝と言われるS.ホーキング博士なども言っているからもしかしたらそれは正しいのかもしれない、けど今更A.Iなしの生活に戻れないわけだしね、その前に環境破壊など喫緊の課題山積状態でA.Iの開発やめろって言われても無理があるってものだと思うのです。
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